水さんと初めて出会ったのは僕が京都で短大生を送っていた二回生の頃だった。当時、僕は拾得(日本で一番古い老舗ライブハウス)やアザーサイドの飛び入りライブに通っており、そこに水さんも歌いに来たのだ。水さんは普段、木屋町(京都の呑み屋街)のトイレ前を拠点に路上ミュージシャンをし生計を立てていた。路上で毎晩歌い続けて、酔っ払いがギターケースの中に投げ入れてくれる小銭で生活していたのだ。冬は指先が凍りつらいと言っていた。健康保険に入っておらず、虫歯になるとつらいとも言っていた。当時、進路に悩んでいた自分にとって、水さんのその生き様には衝撃を受けた。誰にもこびず、好きなことをして稼ぐ、、、水さんの書く詞にはそんなギリギリのリアリティが哀愁一杯に描かれていた。このアルバムは34歳という若さで他界した彼を謹んで、彼の奥さんが身内に配ってくれたアルバムである。(非売品)

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